彷徨うキムンカムイ

家の鍵失くしちゃった

近況(苦痛の波打ち際で)

この頃は睡眠薬があっても日に3時間しか眠れず、午前中はビデオ会議の間・午後は翌日に向けた処理の間に短い睡眠をとるのが癖になっている。睡眠薬の中でも最も強い、麻酔の仲間に属する種類を求めに行ったが、自死の懸念が未だ大きい状態であるとして毎度却下されている。


悲しいことに、私の脳は非常に馬力がある(別のタイミングで複数回実施したIQテストの結果でも顕著である)。週末も国民の休日も休みなく働き、他人より5時間程度長い日常を処理しても、愚にもつかない事柄を考える空隙がなお存在する……苦痛に満ちた記憶と身体の不調が寄せては返すように忍び込んでくる。

関西を去る日まで残り数日

出奔して山海に挟まれた田舎町に移住してから4か月、ついに関西を去る日がやってきた。仕事のため首都圏にごく短期間住むことはあっても、日常生活の拠点を全く縁のない都会に移すのは、34年余の人生で全く初めてのことだ。

田舎町での日常は「虚弱体質」であることが知れ渡り、わりあい不健康な人間の生活の方が水に馴染むというのがあって、ビデオ通話とテキストチャットで外部交通する日々に変わった。私自身の場所が変わっても何ら問題はない。

この頃の体調について

昨年受けた医学的処置の影響が長引いている。白髪が生え、抜歯を行った。爪は割れる。私の一部は少なくとも当分のあいだ機能しない。筋弛緩効果のある薬を飲んでなお肩や腰の筋肉痛が抜けないので、稼働時間の半分は布団のなかにいる。

そのせいもあって、起因となった辛い記憶や、はるか昔のよくない思い出が蘇ることが多くなった。苦痛を振り払うように、午前中はグロッキーな気分のままオンラインでアポを消化し、午後はDiscordに入りながらパソコンに向かう。まずまずの成果がある。

自律の弊害、苦痛の波打ち際で

以前どこかで書いたことがあるけれど、公私共に心身の乱れが現実に反映されることは滅多にない。

朝起きて、デジタルとアナログで日々徒然を認め、前日に学んだことを復習し、カロリーのある飲み物を摂り、線香に火を点け、化粧して、会議に向かう。終わったら化粧を落とし、掃除し、所持品を一か所にまとめて場所を整え、軽く仮眠をとり、パソコンに向かって公私共にテキストベースのコミュニケーションを取りながら委託業務や自分の事業を進める。夜は雑務と生産性の高い作業、暇なら勉強、合間に風呂と軽食。3時に寝て、6時にまた起きる。たまに気分で休みを取り、半日から丸一日を通院か就寝に費やす。酒は余程眠れないときしか飲まない。

 

あるトラブルの処理に関わっている大体4人を除いては、自律極まる淡々とした生活の隅にある本当の想いを知らない。先日引き取った仏具を見た時に湧き上がる感情や、物理的身体の痛みや怠さとともに神経を伝わる「何か」。もうそれは終わったものとして扱われている。実際、若い人やさわりしか知らない人には、品のない悪口を垂れ流すなどして誤魔化している。最近ようやく気付いたが、恐らく自分は、このまま周囲に嫌われてフェードアウトしようとしているのだろう。

自分の前にはいつも「生活のリアリティ」が不動の山として立ち塞がっている、というか、それと一体化してしまったのかもしれない。根本が苦痛の波で侵食され、いつ倒れるか分からないから、現実味のない重いものをどんどん下して耐えるしかない。それも無駄で、いつか突然倒れるのだが。

 

幼いあの日、親に「殺すつもりだった」と告白された。失敗作だったと。もしかしたら、自分も同じようにも思っていたのではないか。自分の存在は間違いだったのではないか。

要領を得ない内容だが、とにかく「私は大丈夫ではない」と伝えたかった。